少しずつ元気が戻って来たので、長い間、気にかかっていた染色作品の仕分けを思い立った。
50年を越える創作活動故、在庫の数はすさまじい。
先ず染帯から、塩瀬、駒絽、紬、次々広げて見ると高価な布を使っている。
自立出来るまでは全て親に支払いをまかせた制作熱中生活だったので「両親のおかげ」を汲々思う。
拙ないけれど、初期の作品は勢が有る。色彩も面白い。
捨て難く思い切って鋏を入れクッションや和装用の手提げ袋に仕立てた。
昨年開いたアトリエ展に30年前デパートでの個展でお買上げ頂いた草木染の袋を持参された方が「東京の電車の中で知らない人に、この袋誉められたのよ」と自慢された。
大切に使ってくださっており、30年の歳月を感じさせない状態。
”袋とておろそかに作れない”と自戒です。
一本の帯から三個の袋が出来、たまに東京から墓参りに帰郷する仲良の妙ちゃんに一個差し上げようと思った矢先、ご長男の方から葉書で昨年秋、病でなくなったと知った。
私が手術を受けた夜、スロベニアのレストランでフルコースが並んだ夢の中、斜め向いに妙ちゃんが座り、いつもの笑顔だったのに…。
夢で会えた事をどうとらえよう。会いに来て下さったのかな?世の為、人の為に尽力された素晴らしい生き方だったと、もう話せない妙ちゃんを忍んでいます。
同年の山本陽子さんも突然逝かれてしまった。
23~25才、帽子デザインの学生だった頃、友達が勧める高級ブティックのオーナーの依頼でコートやスーツの共布で山本さん用の帽子を作った。
華奢な方で頭のサイズが小さく、子供用に見えないように苦心したのも良い勉強だった。
オーソドックスなものから、スポーティなもの迄、ドレスに合わせてデザインを考え、帽子に作り上げる作業は楽しかった。
明日は判らない、元気でファイトのあるうちに、と私にとって国内で最後となるであろう個展を思い立ち、テンマヤ岡山本店に相談に伺った。
来年度のスケジュールに組んで頂くと決まり、作品の構想を考えている。頑張ろう!