年末に埼玉に住む甥の子供達が津山の曾祖母に会う途中、立ち寄ってくれた夏の花火見物の時はゆっくり我家で昼食だったが、今回は30分
車を降りると長男を中心に双子の次男、三男が両脇に整列
「尚子オバサマ、いつもおいしいお米といっぱいの野菜をお送りくださり、ありがとうございます」
と小四の長男が言い、三人揃って深くおじぎ
その後はパーッと枯草の広場(我が家の駐車場)に散って行った。
でんぐり返しをする子、ストレッチを始める子
ママが「車が汚れるからよしなさい!」とさけんでも効果なし
父方の祖母の姉に「オバサマ」は親が気を遣って練習させたなとニンマリです。「バアバ」”はどんな事でも可愛い!!
年毎に賀状の数が減って来る。去年元気だった友から届かないと心配で15日過ぎに電話をしてみた。
体調の悪い人、リハビリ中の人、各人事情を抱えていた。それでも口だけは元気で失敗談をユーモラスに語り、頭脳は衰えていない。再会を約束。
私も秋に入院。手術を体験した。退院後気力が湧いて来たのでバイクを新調したが幸な事としみじみ思う。若いつもりでも現実は厳しい。
会いたいと思う人には早く会っておかなければ、体力を比較すればやはり私が元気、暖かくなったら友人訪問をしよう。
14日に近くの七家族で「とんど」を行った。正月飾りを燃やした後、持ち寄りの餅を焼き、私は小豆を炊いてぜんざいを作って持参。
温めるだけの商品の味とは全く違うと皆さん何杯もおかわりされ、作り甲斐があった。
平素ゆっくり話す機会のない小学生、中学生とおしゃべりするのも楽しい。
帰宅したらテレビで都道府県対抗女子駅伝が始まった。
津山高校一年生の選手が一般、大学生も走る二区で八人を抜き頼もしい!これからの成長を楽しみにしている。
一区で石川県の選手の快走は地震と津波で、ずたずたになった郷土の皆さんへ素晴らしいエールだった。
沿道の人々が全ての走区で「石川ガンバレ!」と大声の声援、ジィ~ンと涙が出た。
ボランティアで手助け出来る体力は無いので、私なりの寄付を行った。
これからも被災地に想いを馳せ支援の志を届けなければと思う。